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47 敦賀

47 敦賀(つるが)

地図


原文

漸(ようよう)白根(しらね)が嶽(だけ)かくれて、比那(ひな)が嵩(だけ)あらはる。

あさむづの橋をわたりて、玉江(たまえ)の蘆(あし)は穂(ほ)に出(い)でにけり。

鴬(うぐいす)の関(せき)を過(すぎ)て湯尾峠(ゆのおとうげ)を越(こゆ)れば、燧(ひうち)が城(じょう)、かへるやまに初鴈(はつかり)を聞きて、十四日の夕ぐれつるがの津(つ)に宿(やど)をもとむ。

その夜、月ことに晴(は)れたり。

「あすの夜もかくあるべきにや」といへば、「越路(こしじ)のならひ、なお明夜(めいや)の陰晴(いんせい)はかりがたし」と、あるじに酒すすめられて、けいの明神(みょうじん)に夜参(やさん)す。

仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)の御廟(ごびょう)なり。

社頭(しゃとう)神(かん)さびて、松の木(こ)の間(ま)に月のもり入(はいり)たる、おまへの白砂(はくさ)霜(しも)を敷(しけ)るがごとし。

「往昔(そのむかし)遊行二世(ゆぎょうにせ)の上人(しょうにん)、大願発起(たいがんほっき)のことありて、みづから草を刈(かり)、土石(どせき)を荷(にな)ひ、泥渟(でいてい)をかはかせて、参詣(さんけい)往来(おうらい)の煩(わずらい)なし。

古例(これい)今にたえず。

神前(しんぜん)に真砂(まさご)を荷(にな)ひたまふ。

これを遊行(ゆぎょう)の砂持(すなもち)ともうしはべる」と、亭主(ていしゅ)のかたりける。

  月清(きよ)し 遊行のもてる 砂の上 

十五日、亭主の詞(ことば)にたがはず雨降(あめふる)。

 
  名月(めいげつや)や 北国(ほっこく)日和(びより) さだめなき

[おくのほそ道,福井県,敦賀市,47 敦賀]

最終更新時間:2010年01月14日 21時01分49秒